低周波防振装置SASの開発



 次世代検出器において必要とされる防振特性を、重力波の観測帯域においては受動的な機械系で実現し、低周波における鏡の変動は能動的な制御によって抑制する低周波防振装置Seismic Attenuation System (SAS)(図13)の開発を行っている。受動防振装置は、振り子やバネなどの機械で構成される。これらの機械系は、その共振周波数以上で振動の伝達を抑制する特性があるので、防振系の共振周波数は、重力波の観測帯域よりも充分低い必要がある。また、これらの機械系を直列に連結すること(多段化)によって、防振性能を高めることが可能である。現在稼動中または建設中の重力波検出器は、主に100Hz以上の重力波を観測することを目的としているため、防振装置もそれに見合ったものを用いているものがほとんどである。これに対し、次世代の干渉計では数〜10 Hz程度の低周波側に観測帯域を広げることを目標としているので、次世代の防振系は100mHz程度の共振周波数を持たなくてはならない。また、機械系における他自由度間のカップリングの影響を抑制するために、このような低周波共振は干渉計の光軸方向だけでなく、すべての自由度に対して実現される必要がある。

 SASでは、水平方向に100mHz以下の共振周波数を持つ倒立振り子、鉛直および全自由度にわたって100mHz〜1Hzの共振を持つMonolithic Geometric Anti-Spring Filter (MGASF) をもちいる。倒立振り子は低周波の防振特性の改善および、後述する能動ダンピングに利用する。1Hzで-50dB程度の防振比を実現することが当グループにより実証されている。また、MGASFは、従来困難であった鉛直方向の低共振周波数化を、非線形バネを用いて純受動的な機械系で実現するという点に大きな特徴がある。MGASFをワイヤーで懸架することにより、全自由度にわたって100〜400mHzの共振周波数を得、10Hzで-60dBほどの防振特性を得ることを、理論的、実験的に示した。





 
また、干渉計の光学素子を直接懸架するミラーサスペンションシステムの開発も並行して進めている。これは従来TAMA300で用いられていた、受動ダンピング機構をもった2段振り子に、鏡と等価な振り子で懸架されたリコイルマスを追加することにより、倒立振り子やMGASFとの親和性を向上させたものである。これまでの研究で、リコイルマスに組み込んだアクチュエータから鏡の制御を行うことにより、鏡の制御系を単純化できることが実証された。倒立振り子、MGASF、ミラーサスペンションを直列に接続することにより、低周波防振系を構築し、TAMA300の感度を改善できることも示されている。具体的には、地面振動の典型値と、力学モデルから予想されるSASの防振特性を掛け合わせたものが数Hzで干渉計の熱雑音を下回ることを示した。従来の防振系では、地面振動は数十HzまでTAMA300の感度を規定する雑音であったので、大幅な改善が見込まれる。機械系の共振を利用した受動防振装置では、共振周波数で装置の振動が増幅されてしまう効果がある。このため、観測帯域では鏡の振動が抑制されても低周波での振幅が増大し、干渉計を安定状態に保つことが困難になる。SASには、機械系の共振モードが倒立振り子に反跳することを利用して、共振を抑制する能動ダンピング機構を導入している。具体的には、倒立振り子に加速度計を組み込み、下部からの反跳を検出し、デジタル制御系で処理した信号を、倒立振り子に組み込んだ非接触型アクチュエータにフィードバックすることによって、倒立振り子を慣性系に対して静止させ、下部の鏡の振動も抑制することを行っている。これによって干渉計の安定性を向上させることが可能である。

 上記のような要素技術を組み合わせて、TAMA300の低周波での性能を改善するための装置、TAMA SASの試作、評価も行った。TAMA SASによる干渉計の動作を実証するために2台のTAMA SASプロトタイプを東京大学理学部に設置し、それらから吊られた鏡によって構成される3mのFabry-Perot光共振器を実際に動作させる実験を行い、SASに吊られた鏡に制御を加えることによって光共振器を安定に動作させることが可能であることを実証した。また、Fabry-Perot共振器の制御信号から、SASに吊られた鏡の変動量を取得し、評価した。得られた結果と設計から予想される変動量とを比較したのが図15である。この結果から、1 Hz〜10Hzの帯域では、従来のTAMA300の感度を100倍から1000倍程度改善することが可能であることを実証することに成功した。3 Hz以上の信号は、実験に用いた電気回路やレーザーの周波数安定度などにより制限を受けているものであり、SASの性能を反映していないことを確認した。

 Fabry-Perot共振器を共振させた状態で、TAMA SASの能動ダンピング機構を動作させ、0.1Hz以上での鏡の変動量の積分値が0.2μm(レーザー波長の1/5程度)まで抑制されることを示すことができた。これは、従来の1〜数μmという値に比べて大きな改善である。このような改善は、倒立振り子による受動的な防振特性の向上と、能動ダンピングによって機械系の共振を抑制することによって可能となった。また、同様に能動ダンピングを用いることによって鏡の平均速度は0.3μm/sまで抑制された(非制御時には1.2μm/s)。これらの結果から、SASを用いることによって干渉計の安定性、制御性を改善することが可能であることが実証された。

 今後は、SASをTAMA300に組み込むために必要な、各種検証を行う予定である。








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