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低温光共振器実験 - 実験背景の詳細

周波数標準には高い正確性と安定度が求められる。原子時計の正確性を高めるに は、様々な摂動による遷移周波数のシフトを取り除く必要がある。そのために は測定対象原子を孤立させることが望ましく、トラップされた単一イオンを用い た光時計がまず研究されてきた。しかしこの方法では測定対象の原子数が1つなの で測定結果の量子揺らぎが大きく、高い安定度に到達するには非常に長時間の測 定が必要になるという問題があった。

この問題に対するひとつの解として、2001年に東大工学部の香取准教授に よって光格子時計のアイディアが発表された\,\cite{OptLattice}。これは、多数 の中性原子を格子状のレーザートラップに捕獲しつつも、トラップレーザーの周 波数を工夫することでトラップ電場による周波数シフトを打ち消すという画期的 なものである。光格子時計では多数の原子を使えるため、正確さを保ちつつ短時 間の測定で非常に高い安定度に到達することができる。現在までに、東京大学工 学部の香取グループを始めとして米国のNISTや仏SYRTEのグループがSrを用いた光 格子時計の開発に成功し、2006年には国際度量衡委員会によってSr光格子時計が 秒の二次表現として採択された。

光格子時計の原理的安定度は1秒で10^-18程度であるが、現在達成されている 周波数安定度はこれより三桁ほど下がる。これは、現在の安定度が測定対象の量 子揺らぎではなく、プローブレーザーの周波数安定度によって制限されてしまっ ているからである。従って、光時計の限界性能を達成するには、より安定なプロー ブレーザーの開発が鍵を握っている。プローブレーザーの周波数安定化には、レー ザーを安定な光共振器にロックする手法が有効である。この方法では、レーザー 周波数の安定度が共振器長の安定度に置き換えられるため、いかにして共振器長 の変動を抑えるかが焦点となる。現在では振動による弾性変形や熱膨張の影響を 抑える技術が発展し、10^-15程度の周波数安定度が達成されている。一方 2004年に坪野研OBの沼田氏によって、現在の周波数安定化の限界は、共振 器を構成する鏡の熱振動によって決まっている事が示された \,\cite{ThermLimit}。従ってこれ以上安定度を向上するには鏡の熱雑音を下げる 必要がある。

\vspace{0.2cm} {\bf(2)研究期間内に何をどこまで明かにしようとするのか}\\ 揺動散逸定理によれば、熱雑音は温度と材質の機械損失に比例する。従って鏡の 熱雑音を低減するには、機械損失の低い材料を使い、温度を下げるというのが基 本となる。サファイアは低温において非常に低い機械損失を持つことが知られて いる\,\cite{SapphireQ}。また、一般的に安定化用共振器に使われるULEガラス と比べてサファイアは固い物質なので弾性変形が少ないと考えられ、低温で は熱膨張係数も極めて低くなるので、共振器のスペーサーとしても理想的な 特性を持つ。本研究では、低温のサファイア光共振器を用いて熱雑音を低減し、 1秒のアラン分散で10^-17という周波数安定度を目指す。

応用

本研究の目標である10^-18という周波数安定度のプローブレーザーを用いれ ば、光格子時計の理論的限界である10^-18の安定度に100秒という短時間の測 定で到達可能である。同じ安定度に到達するのに単一イオン時計では10日程度か かると見積もられているのと比べると別次元の安定度である。このような安定度 を持つ時計では、地表1cmの高さ変化で生じる重力赤方偏移さえ検出可能である。 これは相対論の検証実験に使える他、地球物理学的観測への応用も可能である。 さらに、ある種の宇宙論や超弦理論から予想される微細構造定数の時間変動や重 力場との結合に対する検証実験\,\cite{Alpha}など、単に周波数標準の精度向上 に留まらない応用が期待される。

また本研究で製作する低温サファイア共振器を用いれば、低温における鏡の熱雑 音を直接測定可能になる。特に、低温において鏡のコーティングがどのような影 響を熱雑音に及ぼすかは重力波の分野で現在議論の的となっており、次世代検出 器の設計に大きな影響を及ぼす\,\cite{Coating}。本研究によって直接熱雑音を 観測できればこの論争に決着をつけるのみならず、異なるコーティング材質を比 較することで、より良いコーティングの設計に向けた指針を示すことができる。 以上のように、本研究は周波数標準と重力波双方の分野にとって大きな意味を持 つ。

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