文部科学省 科学研究費補助金 特定領域研究
     重力波研究の新しい展開

研究の目的・意義


 
  21世紀が「重力波天文学」の時代になることは間違いないだろう。重力波にもっとも期待されるのは、 新しい天文学としての役割である。すべての波長帯の電磁波を利用することにより、宇宙や天体に関する理解はどんどん深まり、 もはや、これ以外の観測手段は必要ないと考えるかも知れない。 しかし、重力波がもたらす情報は、これまでとはまったく異質のものである。 電磁波は星の表面の情報を伝えるが、重力波は内部のコアの部分の運動の様子を教えてくれる。 つまり、これまでの天文学に対して相補的な情報を、重力波は与えてくれる。 重力波観測によって、ブラックホールを、定量的にそれも相対論に対して 1%以内の高精度で、調べることが可能になると予測されている。将来的には、重力波によって、 ビッグバンから10-25秒後の初期宇宙に対する手がかりも得られるだろう。これらは重力波を通して見るしかなく、 その解明が待たれている。重力波天文学が本格的に始まれば、人類の宇宙に対する知識は飛躍的に広がると期待される。

  現在、国立天文台内で開発が進められているレーザー干渉計型重力波検出器 TAMA300 は、現時点で世界最高の検出感度と安定性を達成しており、唯一観測可能なレーザー干渉計重力波検出器である。 本申請領域では、この検出器の持つ能力を最大限に生かしつつ、更なる技術開発を行って宇宙の果てまでを見通すことのできる重力波望遠鏡を実現する技術を開発し、重力波天文学の扉を開くための礎を築く。 そのため、 これまでこの分野に携わってきた研究者と関連性の深い研究分野の研究者を結集し、蓄積してきた知見と技術に一層の発展をもたらすべく、下記の研究を推進することを目的とする。

   1. 銀河近傍からの重力波検出をめざした TAMA300の観測運転

   2. 低温レーザー干渉計重力波検出器のための技術開発

   3. 重力波観測による宇宙像構築のための理論研究

   4. 極限干渉計測技術の応用



  最初の項目は、銀河近傍での連星中性子星の合体、MACHOブラックホールの合体、超新星爆発などからの重力波検出をめざして、 TAMA300検出器の整備と観測を行うことが主体の研究である。TAMA300は、既に、我々の銀河系内で発生した重力波イベントを検出できるだけの感度を達成しており、更なる感度の向上により、近傍銀河でのイベントを検出できるだけの感度を達成できる見込みである。 TAMA300は300mの長さを持つ干渉計で、図3に示すような光学系と制御系の複雑な集合体である。 この干渉計の感度と安定度をさらに向上させることで、前述のようなきわめて稀であるが十分観測可能な信号が期待できるイベントを探査する。 もし、観測にかかった場合には、重力波天文学の幕開けと言う意味でそのインパクトの大きさは計り知れないものがある。

  2番目の項目では、日本が独自に開発を行ってきた低温干渉計技術を中心に宇宙の果てまで見通すことのできる干渉計技術の研究を行う。 干渉計の感度は図 4 に示すように周波数帯に分かれて地面振動、熱雑音、ショット雑音で決まる。従来、熱雑音を下げるということが一番困難とされていたが、 日本のグループにより、実際に真空中で吊り下げられている鏡の冷却技術が開発されてきた。 そこで、その冷却技術を実際の干渉計へ応用するための技術を確立するために、全体を低温化したプロトタイプのレーザー干渉計の製作を行う。 さらに、同時に、地面振動を下げるための新しい技術の開発、ショット雑音を下げるための高出力 ・高安定度レーザーの開発を行う。この全体が整うと干渉計の感度は、巨視的な鏡の不確定性原理によって決定されるレベルと同じ程度になる。 このとき、何が起きるか。巨大宇宙を眺める天文学の技術は、極微の世界を支配する量子力学にメスを入れることにもなるのである。

  3番目の理論的研究は、重力波源の性質を追求するものである。この研究の成果は、重力波検出器が重力波天文台となりうるために必須のものである。 伝統的な天文学のデータは、基本的に 2 次元的な拡がりを持つ画像データであろう。 そのため、そこから得られる情報量はきわめて多い。しかし、重力波検出器の出力は、不規則に変動する時系列データである。 その1次元的な、しかも雑音に埋もれた情報から宇宙像を描き出すためには、非常に高度な理論的考察が必要である。 そのためには、精密なモデルの作成や、不定性がなく効率もよいデータの処理手法の開発が非常に大きな課題とな っている。この点に関しては、日本の研究グループは実際の干渉計から得られた時系列データを持っているという点で、 他のグループとは質の異なる研究が可能である。実際の干渉計はある意味で生き物である。 時々刻々変わる外乱、日周変化による干渉計の変動、長期的なドリフトなどの要素がデータの状態に微妙に影響を及ぼす。 図5は、2000年8月TAMA300を使ってデータ収録を行ったときの様子である。 非常に安定に干渉計が動作していることがわかるが、細かな変動などシミュレーションでは得られない貴重な情報を含んでいる。 そのような効果を取り入れながら解析を行う必要があるが、これは実際の干渉計のデータを使う以外に不可能である。

  また、これらに加えて、4番目の項目では、極限的な干渉計測技術の波及を目指して、地球計測や重力計測などの周辺分野との関連性を含めた研究を推進する。 極限までレーザー光を制御する技術、振動を除去する技術、干渉縞の変化を読み取る技術などは、技術としては一般的かつ重要な実験技術である。 地球を測る技術、干渉計による歪計測や重力加速度の計測などは、干渉計測の典型的な応用例であるが、重力波検出器の技術の応用から、新しい測定法の提案が可能になった。 また、最近、研究が活発になっている原子波の干渉を用いた実験ではレーザー光を自在に扱う必要があるが、この技術は重力波検出器の制御技術と共通の基盤の上にある。 そして、原子波によって重力そのものを計測することが可能になってきており、 重力波を予言する一般相対論の基礎になる重力法則の基礎に迫ることができる。 光干渉計の応用分野はきわめて広く、学術的な利用よりもさらにひろく産業界に浸透している。 このような技術の極限を極めることは計測や制御技術を接点として別の学問分野に波及効果をもたらすことが期待できる。

  上述のように、重力波の研究を通して、新しい天文学の創成のみならず多くの知見が得られることが期待できる。 その一番の意義は、測る技術を極めるという点にあると考える。この非常に一般的な、 しかし極めて挑戦的なテーマに挑むことにより、学術的な貢献をしていくことが可能である。