1995年度より文部省科学研究費「新プログラム方式による研究(創成的基礎研究)」のテーマとして「高感度レーザー干渉計を用いた重力波天文学の研究」が5年間の計画で(1995-1999)スタートした(研究代表者:国立天文台名誉教授古在由秀).本計画の中心課題は片腕300mのL字型のレーザー干渉計を建設しそれを運転することである.研究目的のひとつは、これにより将来のkmクラス干渉計に必要な技術を確立することであり、もうひとつはこれを実証型検出器として機能させることにより実際に重力波検出のチャンスを狙うことである.目標はh=3 × 10-21の重力波を検出する感度を達成することである.例えばアンドロメダ星雲(r 〜 700kpc)で超新星爆発や中性子連星の合体がおこれば、この程度の振幅の重力波が地上に到達すると予想される.干渉計は直接干渉型ファブリー・ペロータイプとし、基線長300m、共振器フィネス520等を基本仕様としている.図1にはこの検出器の基本概念図を描いている.
図1:A schematic view of a 300-m arm-length Fabry-Perot type laser interferometer (TAMA300) to detect gravitational waves.
設置場所は国立天文台三鷹キャンパスが選ばれた.いくつかの大学(東大、電通大、京大等)や研究所(国立天文台、東大宇宙線研、高エネ研、宇宙研等)が研究開発項目を分担する研究組織になっており、3年間で建設を終え4年目からの観測開始を予定している.1年目を終了したところであるが、600mの真空パイプを敷設するための地下配管路および真空タンク収納用の建物の建設は既に完成した.真空容器の一部もできつつある.また、研究組織の整備が行われ、研究計画の具体化が図られた.研究開発も多くの要素において進展した.本研究室ではTAMA300検出器の制御、防振、熱雑音、懸架システムなどの要素技術の開発を主に分担している.[3][4][5][8][9][11][18][19][21][22][24][26][27][34].
当研究室では、TAMA300干渉計の制御系の設計を行っている.干渉計本体の制御系は大別して光路長制御系[1][12][28]とアラインメント制御系に分けられる.光路長制御系の雑音は重力波の信号を直接マスクしてしまうため、制御系は極限まで低雑音であることが求められる.一方、大規模干渉計では低周期の光路長変動が大きくなるため、制御系のダイナミックレンジが非常に大きいことが要求される.TAMA300の場合、温度変化による地盤の伸縮、潮汐による地盤の伸縮、および常微動などで、建設サイトでの光路長変動は片腕につき数100μ程度以下であると予想される.一つの制御回路だけを用いる場合、TAMA300の目標感度を保ちつつ上述の変動をキャンセルすることは制御回路の熱雑音の点から実質上不可能であるため、低周波用の広い可動範囲を持つものと観測周波数帯用の可動範囲が狭いが低雑音であるものの二種類の回路を用いることとした.以上の結果、および3mFPM干渉計(1.3参照)等で得られた結果をもとにデザインされたTAMA300の光路長制御系の摸式図を図2に示す.図から分かるように、干渉計の制御系は干渉計本体だけでなくレーザー部分、モードクリーナ、データ取得系等の複合システムとなっている.
アラインメント制御系に関しては、現在までに基礎実験が終了し(1.4参照)、この実験結果に沿った形で設計が行われている.
図2:Schematic view of the fringe control system of TAMA300.
TAMA300では、干渉計制御のための信号取得法としてpre-modulation法と呼ばれる方法が用いられることになっている.この方法では、干渉計の光路長制御に必要な全ての信号を得ることができ、また、重力波信号検出系の制御を他の自由度の制御と分離して行なうことができるという利点があるため、LIGO計画や VIRGO計画という外国の大型レーザー干渉計でも用いられることになっている.
実際のレーザー干渉計重力波検出器では全ての鏡は振り子によって吊される.従って、鏡が懸架された干渉計をpre-modulation法を用いて制御することが必要となるが、このような実験が行なわれた例は無く、干渉計の動作の安定性などは不明であった.そこで、当研究室に建設された基線長3mのFabry-Perot-Michelson干渉計を用いてpre-modulation法によるレーザー干渉計の制御実験を行なった.
実験では、入射レーザー光に位相変調をかけ、beam splitterから2つのfront mirrorまでの距離に差を付けることによって、復調信号から制御に必要な信号を取り出す(pre-modulation法).さらに、得られた信号をそれぞれ適当な部分にフィードバックすることで干渉計を制御することができる.この実験の結果、3m Fabry-Perot-Michelson干渉計をpre-modulation法を用いて制御し、安定に動作させることに成功した.また、制御系を切替えることによって干渉計を素早く、確実に動作点に引き込む手順を考案し、その実用性を確かめると同時に、干渉計の感度を制限する雑音源もほぼ全て特定することができた.これによって、鏡が懸架された干渉計においてもpre-modulation法による制御系が有効であることが確かめられた[6][13][29].この実験の結果は、TAMA300の制御系の設計に活用されることになる.
現在、3m Fabry-Perot-Michelson干渉計では、将来必須の技術になると考えられているpower recyclingを組み込んだ状態での干渉計の制御実験を行なっている.
Fabry-Perot-Michelson型重力波検出器の感度はその干渉計を構成する鏡の入射光軸に対する傾き(ミスアラインメント)に依存している.具体的にはこのミスアラインメントにより、Recyclingの技術を用いた時にFabry-Perot cavityの内部電場の増幅度を示すRecyling Factorや、干渉計のコントラスト、周波数雑音などの同相雑音が両腕からの反射光を直接干渉させることによって低減される度合をあらわす同相雑音除去比などの値に影響が出ると考えられる.今回ミスアラインメントがある場合のcavity内の電場を計算し、ミスアラインメントによるRecycling Factorの減少が10%以下、またコントラストが99%以上という条件のもとでは鏡の角度揺れを5 × 10-7rad以下に抑えなければならないという計算結果を得た.これは基本的には防振技術によって抑えるわけであるが、低周波数領域では何らかの制御が必要になる.その方法のひとつとしてwave front sensingという方法が提案されている.これは入射光線に対するFabry-Perot cavityの鏡の角度揺れをfront mirrorから直接反射される電場とcavity内部から洩れ出して来る電場の位相差として読みとり、ミスアラインメントの一次に比例する信号を取り出す方式である.これを用いるとcavity長制御の為の位相変調をそのままミスアラインメント検出にも用いることが出来る.この方式の有効性を確かめる為に、基線長65cm、二つの鏡の反射率がそれぞれ99.9%の鏡を用いて構成されたFabey-Perot cavityを用いて実際にアラインメント制御を試みた.結果、ミスアラインメントに応じたerror signalを得、それを用いてアラインメント制御を行い、制御系の動作を確認した.制御系のUnity Gain Frequencyとしては10mHzから45mHzを得ている.現在、front mirror と end mirror それぞれの鏡の傾きに対する信号の分離度、あるいは一つの鏡に対してpitch方向とyaw方向の傾きに対する信号の分離度をあげる等、光学系、回路系の調整を行っている.今後の方針としては長基線のFabry-Perot cavityを用いての実験、Fabry-Perot-Michelson干渉計を用いての実験などを検討中である.
干渉計型重力波検出器の鏡は振り子のように吊り下げられ、観測帯域で地面振動が雑音源とならないように防振する役割を果たしている. TAMA300で用いる懸架システムを設計するにあたっては、必要な防振比が達成されなければならないため、今年度はTAMA300用懸架システムの設計のための基礎実験として、3mFPMI用のものを基にした懸架システムの水平防振特性を測定した.3mFPMIの懸架システムは、中間マスと鏡で2段振り子を成しており、強力な永久磁石によるエディーカレントダンピング、およびダンピングによる防振比悪化を防ぐマグネットの弾性支持が特徴である.
実験は東大地震研の振動試験台で行った.懸架システムを水平に加振し、台の振動と吊られた鏡の振動を反射型フォトセンサー・ピエゾ加速度計・マイケルソン干渉計を用いて測定し、防振比を求めた.その結果、10Hzまでの低周波帯では、質点モデルで計算される2段振り子の防振比とよく一致することが分かった.しかし、10〜100Hzでは多数の機械共振が防振比を支配しており、防振比の向上が妨げられていた.100Hz以上では加振にコヒーレントな雑音により防振比は測定できなかった[15].
この結果を受けて、2段振り子を1段ずつの振り子に分解して防振比を調整する実験を行い、TAMA300のものと同サイズのアルミニウム製のダミーマスを直径60μmの2本のタングステンワイヤーで吊った1段振り子において、雑音で測定ができなくなる120Hzまでは質点モデルと結果が一致するように調整できた[31].
今後は調整された2段を結合し、2段振り子として期待通りの性能が発揮されるかを調べていく.そのためには、測定の限界となっている雑音の同定と低減も必要であろう.最終的には、防振特性だけでなく、実用上の操作性などを意識した設計を行い、試作機・実機の製作・評価を行う予定である.
干渉計を安定に動作するためには、外乱による光路長変化(鏡の動き)を半波長以下に抑える必要がある.鏡の懸架系の構造から、鉛直方向の振動も1〜数%は鏡の所で水平方向に変換されてしまうので、鉛直方向に対してもやはり防振を施すことが必要となる.
主に低周波で大きく鏡を揺らしているのは地面の常微振動で、これは1Hz以上で1/f2に比例するスペクトルを持つことが知られている.
受動的な防振系では共振周波数を下げることが困難であるので、加速度計の信号を適切なフィルターを介してピエゾに返す能動防振系を構築し、理学部1号館の地下で試験したところ、1〜10Hzで1桁程度の防振比(図3)を得ることが出来た[16][32].
図3:Measured seismic noise level on the test table with active vibration isolation loop on and off. About 20-dB noise reduction can be seen at the frequency range from 1Hz to 10Hz.
レーザー干渉計型重力波検出器の開発において考慮しなくてはいけないノイズとして鏡の熱雑音がある.揺動散逸定理によれば熱雑音のパワースペクトル密度は各弾性振動モードの熱雑音のパワースペクトル密度の足し合わせによって求められる.各々のモードのパワースペクトル密度は各モードの換算質量、周波数、Q値から求めることができる.Q値については実測するしかないが他の数値は鏡のサイズと材質、レーザーのビーム半径を知れば原理的には弾性体の運動方程式を解くことにより計算できる.しかしながら実際に計算することは非常に困難であり、一番パワースペクトル密度が大きいと予想される基本モードのみを考えた粗い推定しか行なわれてこなかった.実際TAMA300で使う鏡の熱雑音についてより正確な推定を行なうため、多くのモードの周波数と換算質量を計算することにした.この困難な計算を行なうためHutchinsonの考案した手法で計算するプログラムを開発した.この手法は一様な弾性円柱の振動モードのシミュレーションのために考案されたものであり、有限要素法と比べると半解析的というべき方法である.まずプログラムの信頼性を確認するために実際に鏡の共鳴周波数を測定し、計算結果と比較したところ誤差は1%以下となった.これは有限要素法と比較すると極めて優秀な成績である.これをふまえ周波数の低いモードからパワースペクトル密度を計算して足し合わせた.このとき全てのモードでQ値は106とした.(今までの実験では最大のモードで4 × 105であった.)その結果600kHzまで足したところほぼ収束したようなので、計算を打ち切った.このパワースペクトル密度を観測帯域(150Hz 〜 450Hz)で積分すると鏡の熱雑音によるstrain hのノイズは8.3 〜 10-21となることがわかった.これはTAMAの最終目的感度(3 × 10-21)を上回っているためQ値をあげることが今後の課題となる.すべてのモードのQ値が107になればとりあえずTAMAの到達感度下回ることができる[17][33].
東京大学宇宙線研究所において、銀河系内重力波発生源からの重力波を検出するための共振型重力波検出器(ディスクタイプアンテナ:直径2m、厚さ20cm、Al合金5052製、重量1.7t、共振周波数1.2kHz)の開発を、特に重力波がアンテナを通過することによって励起されるアンテナの微小振動を検出するためのFabry-Perot型微小振動検出器(レーザートランスデューサー、TRD)の開発を中心に進めている.TRDは、2枚の高反射率凹面鏡(反射率99.9\)からなるFabry-Perot干渉計(FP共振器)で、共振状態にあるこのFP共振器は入射レーザー光に対して共振器長の変化、およびレーザー光の周波数変化を反射光強度の変化として出力する.TRDの共振状態はレーザーに15MHzの位相変調をかけ、FP共振器の反射光を復調、共振器長制御のフィードバックで作りだす.共振器の一方の鏡はアンテナの端に固定、もう一方はそれとは独立に慣性空間に固定する(実際は振り子として吊るす)ことで、アンテナの振動を共振器長の変化に変換、信号として取り出している.レーザー光源には50mWのNd:YAGレーザーを使用し、偏波面保存光ファイバーによって真空タンク内のアンテナのトランスデューサーに導入している.本年度は真空中でのTRDの動作テスト及びTRDの感度を上げるためのTRDへの外部からの雑音の低減、つまり2段振り子化とレーザー光の周波数安定化を中心とした改良を行った.
真空中でのトランスデューサーのテストは$10^{-5}$torrにおいて動作を確認、計算機による信号取得、解析実験を行った\cite{kondoref1}.TRDの改良は吊した鏡を1段振り子から防振効果の高い2段振り子に換え(振り子長は上段振り子が9cm、下段が11cm)、上段のマスにmagnet dampingをかけるというものである.これにより確かに下段振り子(鏡)の振動振幅は減少し、電気系の改良とあわせてS/N比のよい信号が得られるようになっている.また、周波数安定化は共振器長固定(40cm)のFP共振器を周波数基準器として使用し、レーザー光の一部を導入、レーザー本体へのフィードバックによるシステムを製作した.周波数基準器には温度変化の小さいSuper Invarの棒をスペーサーとして使用、小型の真空タンク内の防振スタック上から吊している.鏡には反射率99\%のものを使い、100kHzの周波数帯域の信号を取り出して、観測周波数である1.2kHzでの60dBの周波数安定化ゲインを得るようにしている[35].
また生じた問題点としては、高真空用のターボポンプの回転が雑音源となること、感度が向上したために100Hz以上の雑音がFP共振器の制御にかかり出したこと等があげられる.今後これらの問題点を解消しながら検出器全体の完成を目指す予定である[25][36][37][38].