- 会議の概要
- 2年に1回にロシア・バクサン (Baksan) でひらかれる、宇宙線物理学関係の国際会議。学生も参加し、schoolの形になっている。今回が12回目。主催は、ロシア科学アカデミー・原子核研究所
(Institute for Nuclear Research of the Russian Academy of Science)。期間は、4月21日-26日の1週間。バクサンにはニュートリノ観測装置などがある。会議のページは、http://www.inr.ac.ru/~school/
- 会議規模は、そこそこ。全参加者数は130名ほど(参加者名簿からの概算)。しかし、会場にいるのは、大抵、その1/4から半分くらい。
- 会場は、バクサン・ヴァレー、Terskolという町にあるホテル(Wolfram Hotel)。付近にはスキー場がいくつかあり、シーズンにはスキー客が泊まるホテルのようだ。そこの会議室のようなところを使用。ここからニュートリノ観測施設までは車で20分位。
- 会議のトピックは、宇宙線スペクトルやニュートリノ物理が主という印象。あとは、余次元や大統一理論などの理論講演や、今後のプロジェクト紹介など。学生向けのSchoolということで、入門的な話から始める講演が多く、分野外のことでも、分からないながらもそれなりに雰囲気は伝わってきた。
- 重力波関係では、イタリアのCoccia, 日本の安東, ロシアのルデンコの3つの講演があったのみ。あとは、理論関係で2-3講演があった。やや寂しい印象。
- 交通、生活など
- モスクワのシェルメチェボ (Sheremetyevo) II空港までは、成田からAeroflotの直行便が出ている。約10時間半の飛行時間だったが、結構快適だった。特に帰りは、最前列だったので、脚を思いっきり伸ばす事ができた。目的地近くのミネラリヌイ・ヴォディ (Mineralnye Vody) 空港は、モスクワの南1500kmの場所にある。モスクワのシェルメチェボI空港から、約2時間半のフライト。乗り継ぎタイミングの関係で、行きも帰りもモスクワで一泊した。空港から市内のホテルまでは、会議で準備した車などで送迎してもらえた。
- ミネラリヌイ・ヴォディ空港から、会場までもバスで送迎してもらえた。車で2時間と聞いていたが、結局、行きは4時間半かかった。かなり古いバスで、登り坂では、かなり頑張る感じで走っていた。それでも、下り坂では結構とばし、より古い車や牛や羊を見ると、ここぞとばかりに追い抜いていた。今にも壊れそうだと思っていたら、途中、故障して一時間ばかり止まっていた。帰りは、故障が無かったのと、下り坂だった影響で、3時間ほどだった。
- 泊まったホテルは会場と同じホテル。部屋にはテレビも電話も無いが、電気と暖房はあり、快適。エレベータがほとんど使えず、大抵、5階まで歩いて登っていた。着いた頃は、比較的暖かく、雪も溶けていたが、4日目頃から雪が降り始め、たちまち積もった。会議最終日には、大雪のため、町一帯が朝から停電になり、会議時間が変更された。その後も、午後・夜と数回の停電があり、その度に講演の時間が変更された。
- バクサンは、北カフカス (大コーカサス) 山脈の谷あいの小さな町。馬・牛・鶏・羊などの放牧や酪農、それとスキー客の観光が主な産業のようだ。動物が付近を歩き回り、のどかな所。ニュートリノ観測施設がある。
- 山あいの町のため、気候は変わりやすい。前半は天気がよく、雪もほとんど溶けていたが、後半には雪が降り積もっていた。ただ、空気は冷たいが風は弱く、凍えるほどは寒くなかった。
- 食事は、3食ともホテルのレストランで食べる。そこに行って座っていれば、勝手に何か持ってきてくれる。基本は、主食? (コンソメ風のリゾットやマカロニ、豆類など)、野菜 (キュウリやトマト、漬物っぽいサラダなど)、肉類
(チキン、ハム、ベーコン、ハンバーグ風のもの) の3品。それに、ヨーグルトやチーズ、紅茶 (レモンティー)などが加えられる。パンは常に置いてある。ロシアでは昼食がメインで、スープが付く。結構、美味いという意見と、そんなに美味いものではないとの意見があった。個人的には、一週間食べてもそれほど飽きずに、結構良かったと思う。ただ、ほかに食べる物がないという状況のためかもしれない。
- ヨーロッパ最高峰のエルブルース山 (Elbrus) まで、車で5分程。そこで、スキーができる。ロープウェーを2台乗り継ぎ、その後、リフトが一本ある。その終点で標高3700m位。滑っていると、結構、息が切れる。ロープウェーの出発点まで標高差2000mを滑り降りることができる。ただ、もうシーズンが終りかけということで、下のほうは岩場の間を滑るような状態になっていた。広すぎてどこを滑っていいのか分からないところもある。斜度は、中-上級者程度か。レンタルウェアが無かったのと、コンタクトレンズを持っていくのを忘れたのとで、眼鏡・コート・ジーパンという普通の格好で滑っていた。ロープウェーやリフトは、遅いが、距離が長い。なので、半日で、10本程度滑るくらいのペース。上のリフトは、雪が積もると止まる。最終日は、大雪のため停電があったため、ロープウェーが停止していた。
- 外部からほぼ隔離された場所ではあるが、衣食住の最小限は揃っていて、さほど不便は感じなかった。むしろ、いろいろな物や情報に囲まれている生活が、無駄で細かい事に感じられるような雄大な気分になれる。山々や動物に囲まれて、リフレッシュするにはいい所だと思った。
- 施設見学・イベントなど
- バクサンのニュートリノ観測所には、BUST (Baksan Underground Scintillation Telescope), SAGE (Russian-American
Gallium Experiment), 地殻歪計が設置されている。前の2つは会議主催の見学会で、地殻歪計は個人的に見学させてもらった。2日目夜には、外国人を招いた観測所でのパーティー、3日目夜にはソーシャル・ディナーがあった。パーティでは、肘が当たるほど詰め込んで座り、ウォッカやコニャックなど飲み食いする。時々誰かが立ち上がって何やら言い乾杯する、ということを繰り返す。その後は、踊ったり歌ったりする。ロシア人はおしゃべり好きで陽気という印象。
- BUSTは、1978年に観測を開始した。1m角・高さ50cm程度の容器に液体シンチレータをつめた物を、4階建ての空間に並べた物。各階の外側もこの容器で覆われる。シンチレータの総量は330tonだそうだ。フォトマルは、各容器に一つづつ取り付けられている。坑道入り口から500m位(?)歩いたところにある。上の土被りは300-1km程度と思われる。フォトマル用の回路などは手作りっぽかった。古いが、今なお観測を続けている。
- SAGEは、Gaが太陽ニュートリノによってGeに変わる事を利用して、低エネルギー (233keV) からのニュートリノを検出できるというもの。1990年頃から観測を開始している。坑道入り口から、3.5km奥に入ったところにあり、トロッコ列車で、20分程かけて行く。上の土被りは2000mほど。60ton近くのGaを10個のタンクに分けて入れ、30日間、太陽ニュートリノにさらした後、わずかなGe
(1タンク当たり10個程度と言っていたと思う) を抽出し、そこからの放射線を計測する、ということを繰り返す。化学者との協力が不可欠。BUSTよりはやや新しく、施設も立派な印象。
- 地殻歪計は、片腕の基線長が75mの非対称マイケルソン干渉計。これは、モスクワ大学の施設。光源には市販のHe-Neレーザー(出力2mW) が用いられている。光源からの光はビームスプリッターで分けた後、それぞれコーナーキューブで反射され、再結合し、干渉縞を生成する。この干渉縞は、明暗の間隔が1mm程度の「縞」状のものとなる。光源に変調を掛けて信号を取得し、その信号をガルバノメータ・スキャナにフィードバックすることで、光検出器上は暗縞となるように制御されている。干渉計は10^-5torr程度の真空槽に収められる。10^-8程度の潮汐の効果ははっきりと見る事ができる。感度は10^-12程度だそうだ。0.4度程度の気温変動や、大気圧変動の影響はあるが、十-数百秒周期の振動を見るには影響ないとのこと。地球の自由振動や、火山地下のマグマ溜まりの固有振動などをモニタし、災害予知にもつなげていく予定だそうだ。シンプルで古いが、十分な感度を持って、ちゃんと動いている事には感銘を受けた。装置は、ミルコフさんが案内してくれたが、この方は夏に日本に来るそうです。
- 研究施設だけでなく、ロシアで見た他の物にも言えることだが、「古かったり汚れていたりしても気にせずに実用する」という気質が感じられた。やむを得ずそうしているのではあろうが、そういう環境の中でも研究を進める気概には、非常に感銘を受けた。
- その他
- モスクワでは、行き帰りに立ち寄った際に少しだけ観光した。行きの時は、ルデンコさんの息子さんのコースティンの案内で車でざっとモスクワ市内を見てまわった。帰りの際は、飛行機の時間まで半日ほどあったので、モスクワ大学やクレムリン付近を見学した。クレムリン内の武器庫やダイアモンド庫は、ガイドブックにある通りの凄さだった。
- ルデンコさんは何やら忙しそうだったが、何かと世話してくれた。
- ロシアと言う国は、持っていたイメージと違っていた。身の危険を感じる事は一切無かったし、物不足という印象も受けなかった。車は、泥とか付いていても気にしないようであったが、ロシア人の服装はおしゃれだった。廃墟のような建物もよく見られたが、新しい建物やスーパーも建てられていた。これからどんどん変わっていくのだろうと思う。また行く機会があったら、もう少しゆっくり見てまわりたいと感じた。
会議の概要、以上。