96年度 坪野研究室年次報告

English


重力波の検出は物理学の大きな課題の一つとして残されている. 連星パルサーの公転周期減少を観測することにより重力波の存在は間接的に 証明されたが(テイラー(J. Taylor) \& ハルス(R. Hulse) 1993年ノーベル 物理学賞受賞)、重力波を直接検出し新しい天文学を創成することが、本研 究室の現在の中心テーマである.重力波をとおして宇宙を見る「重力波天文 学」は、われわれに全く新しい目を与えるものとして期待されている.これ までの電磁波を用いた伝統的な観測によって得られる情報と、「重力波天文 学」によって明らかにされるであろう宇宙の姿は完全に相補的な関係にある. つまり透過性が非常によいという重力波の特性により、超新星爆発や連星中 性子星の合体等の激しい天体現象に際して、中心核付近の内部の情報を知る ことが可能になる.重力波検出を困難にしている主な理由は技術的な問題で ある.重力波検出のためには21桁の相対精度で2点間の距離を測る必要があり、 レーザー、防振、熱雑音等において極限的技術を必要とする.しかし、既に アメリカとヨーロッパでは3-4km基線長のレーザー干渉計を利用した重力波 検出器の建設が始まっている[5,14,15].日本でも300m基線長のレーザー干渉計(TAMA300)の建設が既に3年目を迎えている.本研究室では当面、本計画を軸に研究を進めていく予定である.また、将来は国際的な観測ネットワークを用いて重力波観測をする必要があるが、干渉計の指向性を考慮すると、地形的に見て日本にもkmクラスの重力波検出器を建設することが望ましい.このような見地から将来計画に向けた検討も開始している[23]


1. レーザー干渉計重力波検出器

1.1 300m レーザー干渉計重力波検出器計画(TAMA300)

日本の300mレーザー干渉計重力波検出器計画(TAMA300)も2年目を終了し、いよいよレーザー干渉計本体の建設が始まりつつある. 1995年度より文部省科学研究費「新プログラム方式による研究(創成的基礎 研究)」のテーマとして「高感度レーザー干渉計を用いた重力波天文学の研 究」が5年間の計画で(1995-1999)スタートした.本計画の中心課題は片腕 300mのL字型のレーザー干渉計を建設しそれを運転することである.研究目 的のひとつは、これにより将来のkmクラス干渉計に必要な技術を確立するこ とであり、もうひとつはこれを実証型検出器として機能させることにより実 際に重力波検出のチャンスを狙うことである.目標はh=3× 10-21の重力波を検出する感度を達成することである.例えばア ンドロメダ星雲(r 〜700kpc)で超新星爆発や中性子連星の合体がおこれば、この程度の振幅の重力波が地上に到達すると予想される.干渉計 の設置場所は国立天文台三鷹キャンパスが選ばれた.いくつかの大学(東大、 電通大、京大等)や研究所(国立天文台、東大宇宙線研、高エネ研、宇宙研 等)が研究開発項目を分担する研究組織になっており、3年間で建設を終え4 年目からの観測開始を予定している.現在2年目を終了したところであるが、 干渉計本体を収納するための地下配管路および建物の建設は既に完成してい る.本研究室ではTAMA300検出器の制御、防振、熱雑音、懸架システムなど の要素技術の開発を主に分担しており、いくつかの重要な成果が得られてい る[1,2,4,11,12,20,31,43,48].

1.3 レーザー干渉計パワーリサイクリングの新しい制御法

散射雑音 (shot noise) は、光が光子の集まりであることに起因 する原理的な雑音で、レーザー干渉計重力波検出器の感度を制限 する主要因の1つである. 現在世界各国で建設が進められているレーザー干渉計重力波検出器 においては、パワーリサイクリング (power recycling)と呼ばれる 技術が用いられることになっている. これは、レーザー光源と主干渉計の間に鏡 (recycling mirror) を入れ、 主干渉計と共振器を構成することによって干渉計に入射する光の 強度を実効的に高め、検出器の散射雑音レベルを向上させる技術である. しかし、TAMA300のように両腕にFabry-Perot共振器を持つ Michelson干渉計においてパワーリサイクリングを行なう際には、 干渉計制御に用いる信号を分離して取り出すことが困難であり、 様々な手法が研究されている.
本研究室では、Fabry-Perot-Michelson干渉計においてパワー リサイクリングを行なうための制御信号分離法を考案した [6,17,32,44]. これは、干渉計の光学パラメータを調節することに よって、信号を非常に良い分離度で取得するものであり、 これまで考案されてきた方法とは異なり、余分な光学素子や変調を 必要としないという利点を持つ. この信号分離取得法の有効性を評価するために、当研究室の 基線長3mのプロトタイプ干渉計を用いて研究を進めている.

1.3 レーザー干渉計のアラインメント自動制御

レーザー干渉計を構成する鏡から決まる光軸と入射光軸との間のずれ (ミスアラインメント)が干渉計の感度を劣化させることが知られている. TAMA300では 主干渉計を構成する鏡は入射光軸に対して、その傾きが5×10-7 rad以下に抑えられなければならないという計算がこれまでに得られている. 主干渉計以外の光学素子についても検討が必要とされ、今回主干渉計の前に 設置されるモードクリーナーと呼ばれるリングキャビティを構成する鏡に ついて計算を行った.この鏡の傾きから生じる主干渉計への入射光軸の 傾きや平行移動を見積もり、結果生じるミスアラインメントが主干渉計の 感度に与える影響を計算した.その結果、モードクリーナーの鏡の 角度揺れに対する許容値は10-5radのオーダーという結果が得ら れた.
角度揺れは基本的には防振技術によって抑えられる訳だが、 懸架系には低周波での共振が存在し、共振周波数付近よりも下の周波数では 角度揺れの抑制効果は期待できない.実際、TAMAの懸架系試作機により 支持された鏡の角度揺れの実測値は真空中でおよそ10-6rad程度である. 従って主干渉計を構成する鏡については 低周波数域で何らかの制御が必要であると考えられる. TAMA300ではアラインメント制御の為の信号検出 法としてwave front sensingという方法が検討されている.これは干渉計の両腕を 構成するFabry-Perot cavityに位相変調光を入射し、反射光を分割型のディテク タで受けて、その2面の復調信号の差をとることで、入射光の ミスアラインメントによるキャビティの高次モードとのカップリングを検出する という方式である.
現実の制御システムの開発としては、まずTAMA300で使用することが 検討されている大口径の分割型フォトダイオードを用いてテーブルトップでの wave front sensingの実験を行った. それにより、Fabry-Perot cavityを構成する2枚の鏡のミスアラインメント に比例したエラーシグナルを分離して取り出すことに成功し、 制御がかかったことが確認された. このことによって、この大口径のフォトダイオードの実用性が示された. さらに、従来用いられてきたディテクタの回路を改良し、 より簡素な回路を開発した.
またwave front sensingにおいては信号を分割型ディテクタの2面の差として 得ることにより、二つの面に同相に現れる雑音については軽減されるが、 反射光を分割型ディテクタの中心に高精度で 当てなければならないという問題がある. そこで、この要求を満たすために分割型ディテクタの二つの面の出力のDC成分の 差をエラーシグナルとしてFP cavityとディテクタの間のステアリング ミラーを制御し、センタリングを行う自動制御装置を試作した. この装置を用いて実験を行ったところ、10-9mの精度で制御が かかっていることが確認された.
これらの成果をもとに、1997年度にTAMA300の片腕のFabry-Perot cavityを利用して アラインメント制御を試みる予定である[7,18,19,33,34,45]

1.4 TAMA300用レーザー干渉計懸架システムの開発

干渉計型重力波検出器の鏡は水平方向に自由質量になるように振り子に吊り下 げられているが、これは同時に地面振動が重力波検出における雑音とならない ように鏡を防振する役割を果たしている.TAMA300では防振特性としてスタッ ク・X振り子・懸架システムを合わせて、観測帯域(150〜450 Hz)に おいて約-170dBに及ぶ防振比が必要である.また、たとえ観測帯域外であっ ても、干渉計の安定動作のためには、鏡に制御をかけていない時に鏡の光軸方 向の振動が数$\mu$m以下になっている必要がある.鏡の角度揺れも、感度の悪 化を招いたり干渉計の動作の支障となるため、抑制しなければならない.これ らの要請を満たすため、既に充分な実績を持つ3m干渉計の懸架システムを踏襲 して、TAMA300の懸架システムには2段振り子に弾性支持した永久磁石によるダ ンピングを施す方式を採用した.
我々は懸架システムの試作機を設計・製作し、その防振特性の計算による解析 および実測を行った.懸架システムの防振特性の解析としては、質点モデル・ 剛体モデル・弾性体モデルを用い、共振周波数や伝達関数を最適化するように 懸架システムの設計を定めた[8,27,46,51].ま た、懸架状態に非対称性が存在する場合も考慮し、垂直-水平カップリングの 量を評価した[26,37,51].
鏡の並進運動に関する防振特性の測定は理学部物理学科の振動試験台で行った. 懸架システムを水平に加振し、台の振動と吊られた鏡の振動を反射型フォトセ ンサー・ピエゾ加速度計・マイケルソン干渉計を用いて測定し、防振比を求め た.その結果、30Hz付近までは防振比はモデル計算と一致し、弾性支持磁石に よるダンピングの有効性やモデル計算の妥当性が確かめられた.それ以上の周 波数では懸架システムを構成する可動ステージや縦防振用バネなどの部品の弾 性体共振の影響がみられた.100Hz以上では加振に伴い発生する音の影響で $-80$dB程度で測定が制限されており、この値が観測帯域での防振比の下限値 とされた[8,24,37,46,51].垂直-水平カッ プリングも計算と矛盾の無い量が得られた.これにより、現時点で測定できて いる防振比でも、TAMA300の防振系全体でみれば充分な防振比が得られる見通 しが立ったため、試作機の設計をもとにTAMA300用懸架システムの製作が始め られた.
鏡の角度揺れに関しては、予備実験として振動試験台による加振実験を行ない、 角度揺れ伝達特性を実測し剛体モデルと良く一致することを確認 した[27].そのうえで、実際に干渉計が設置される国立天文台三 鷹キャンパスTAMAサイトにおいて、真空槽内の防振スタック上に試作機を設置 し、光てこを用いてその角度揺れRMS振幅を測定した.その結果、鏡には定常 的に数μrad程度の角度揺れが生じていることが分かった[38]. これはTAMA計画の感度を悪化させないための角度揺れ許容値0.5μradと比 べて大きな値であり、 原因としては地面振動の回転成分がもっとも有力視されている. この結果を受けてアラインメント制御の帯域を広げる事が検討されている [16,42]

1.5 Nd:YAGレーザー光の強度安定化

干渉計を用いて位相の情報を取り出す場合、光検出器で強度変化に変換してから信号として取り出す.この場合に入射光源の持つ強度の変化(強度雑音)と信号による強度の変化は分離されなければならない.そのためにマイケルソン干渉計の二つの出力光の強度の差を取る.さらに、レーザーからの光に位相変調を掛け、信号周波数帯をRF帯に持ち上げることによって、光源の強度雑音は避けることができる.しかし、位相変調と同時にわずかな強度変調が掛けられている影響や、レーザー干渉計を制御するときのミスアラインメントによる影響で、光源の強度雑音は、重力波の信号に対する雑音源となり得る.従って、レーザー光源の強度安定化は高性能のレーザー光源の開発の中の一つの必要な課題になる.
現在建設中の300mレーザー干渉計型重力波検出器用の光源としては、10-W cw laser-diode end-pumped injection-locked Nd:YAG laserが使用される予定で、レーザー本体は既に完成している. このような高出力レーザー光の強度安定化の制御を行うための予備実験として、まず我々は電気光学変調素子( EOM )を用いて、10-W Nd:YAG laser のMaster Laserと同型のcw Nd:YAG laser(MISER 100mW)光の出力強度の安定化実験を行った.10Hzから10kHzまでの強度雑音を検出された光強度のShot-Noise Level以下に下げた.とくに低周波数(100Hzまで)の強度雑音の制御や、強度雑音をきちんと抑えて、制御されたレーザー光のLossを少なくする(透過率は高い)という点を工夫した.この実験方法によりEOMを用いて、10-WのNd:YAG レーザー光の強度安定化の制御が可能になることを示した.これらの予備実験の結果をふまえ、現在10-W Nd:YAG レーザー光の強度安定化実験を行っている段階である[25,35]

1.6 レーザー干渉計の熱雑音推定

レーザー干渉計型重力波検出器の観測帯域における感度を最終的に 決めるのは熱雑音であると考えられている.熱雑音とは具体的には鏡を懸架する Suspension Systemの振動モードや鏡自身の弾性振動モードが熱浴からのエネルギー 流入により励起され、鏡の位置、角度、表面が振動することである. 揺動散逸定理は系の散逸と熱雑音を関係づける定理である.これを 利用してTAMAの熱雑音の大きさを推定した.
Suspension Systemの熱雑音のうち、特に問題となるものは振り子振動や ワイヤーの横波振動(violin mode)による鏡の光軸方向への揺動である. Suspension Systemには中間massにかかるmagnet dampingのような 大きな散逸が存在するが、この散逸で生じる揺動は 防振されてしまう.結局熱雑音の大きさを決めるのは 鏡を吊すワイヤーとワイヤークランプ点における散逸による熱雑音である. Violin modeのQ値は振り子のQ値の半分であるという理論を念頭に計算すると TAMAの目標感度に到達するためには、 振り子のQ値は5×105以上でなければならないことが わかった.この値を今までに計測された値と比較すると数倍大きいだけなので、 この目標値の達成は不可能ではないと考えられる[9,28,39,49,53]
鏡の弾性振動を計算するためには3次元の弾性体の運動方程式を 解く必要がある.この計算はHutchinsonの開発した方法を用いて実行することが できる.この方法は有限要素法と違い半解析的な方法であり、共鳴周波数を 高々誤差数%程度で計算することができる.計算の結果TAMAの目標感度に 到達するためには鏡のQ値は2×107以上でなければならないことがわかった. これは現在までに測定された値より1桁以上大きい値であり、TAMAの最終的 な段階で鏡の熱雑音が深刻な問題になるということが予想される[9,28,39,49,53]

1.7 レーザー干渉計の計算機シミュレーション

干渉計は動作が非常に複雑であるため、干渉計のデザイン(光学要素の評価)や制御(サーボ系)に対して、計算機シミュレーションが有益な情報を与えてくれることが期待される.しかし干渉計の計算機シミュレーション研究に関しては、日本の重力波グループは今までほとんど取り組んできておらず、他のプロジェクトに対して大幅に遅れをとっていた.そこで昨年の11月にLIGOグループから山本博章氏を招いてシミュレーションに関するセミナーを幾度となく行い、ようやくシミュレーション研究をスタートするに至った.その際移植された周波数領域での模型(Twiddle)、FFTを使った模型、そして非線形効果を含めた時間領域での模型(SMAC)を用いて、パワーリサイクリングを含むFabry-Perot Michelson干渉計の制御信号の周波数特性といった主に干渉計の物理についての研究を現在行っている.またこれらと平行して、鏡の熱レンズ効果や真空パイプからの散乱光による雑音にも取り組んでおり、近い将来のフルシュミレーションの実現を目指している.


2. 共振型重力波検出器

2.1 銀河系内モニター用検出器の開発

東京大学宇宙線研究所において、銀河系内重力波発生源からの重力波を検出す るための共振型重力波検出器(ディスクタイプアンテナ:直径2m、厚さ20cm、 Al合金5052製、重量1.7t、共振周波数1.2kHz)の開発を、特に重力波がアンテ ナを通過することによって励起されるアンテナの微小振動を検出するための Fabry-Perot型微小振動検出器(レーザートランスデューサー、TRD)の開発を 中心に進めている.本年度は真空中でのTRDの動作テスト及びTRDの感度を上げるためのTRD への外部からの雑音の低減、つまり2段振り子化とレーザー光の周波数安定化を 中心とした改良を行った.動作実験の結果、Unity Gain Frequency 700 Hzで安定動作が可 能な制御システムが実現していることが確認された.重力波観測周波数である1.2 kHzにおいて特異な 雑音はなく、noiseのfloorレベルはレーザーの周波数雑音に達している.1 × 10-5torrの真空中でFPの共振状態を長時間保つことができ、微少変位検出 器としての良好な安定性を持つシステムを開発することができた[3,13,21,22,36,50]


3. 熱雑音の研究

3.1 熱雑音の諸問題

熱雑音は原理的な雑音であり、その大きさは温度と散逸の大きさに依存することが知られている(揺動散逸定理).しかし例えば機械系が発生する熱雑音の場合、これがどのような周波数特性をもつのか、またその大きさが何によって決まっているかなど未解決の問題が残っている.また、ある周波数での熱雑音を推定する場合、通常は機械系の運動を基準振動に分解してこれらの重ね合せとして値を求める.しかし、散逸が一様でない場合にはこの基準振動によって求める方法が妥当ではないことがわかった.そこで散逸が一様でない場合も含めて系の熱雑音を推定する方法を開発した.また、いくつかの実験を行い、機械系の散逸の特性を研究した.

3.2 懸架装置とワイヤ材質のQ値測定

Saulsonのstructure dampingモデルを仮定した場合、 TAMA300干渉計では懸架装置最終段の振り子のQ値が 5 × 105以上であることが必要になる. これを実現するため、振り子のQ値の実測(3.2.1)と、 ワイヤ材質の散逸の実測(3.2.2)を行った.

3.2.1 リコイルロスと連成振動子、変形ねじれ振子

振動子のQ値を測定する場合、 振動子の支持系に散逸が存在すると、振動子のエネルギーが支持系で消費 されるので正しいQ値が得られない. この効果はリコイルロスと呼ばれ、懸架装置のQ値測定を難しくする原因の 一つであると言われている.
共振周波数と質量の良くそろった2つの振子を同一のプラットフォームからつる し、2つの振動子がそれぞれ同じ振幅だけ逆方向に振動するような振動モード (逆相振動モード)を測定すると、それぞれの振子のプラットフォームに与える反 作用は相殺し、リコイルロスが低減される. 実際に共振周波数のずれが0.07%以下であるような連 成振動子を作成し、逆相振動のQ値を測定したところ、〜 1×105を得た. これはTAMA300の懸架系に換算すると〜2 × 105である. この実験は前期(落合洋敬、高野浩一)、後期(清水守、堀越一雄)の4年生特 別実験のテーマとして行われた[30,41]
二本のワイヤでつるされた振子のねじれ振動を測定することを考えると、ワイヤ 間隔を狭めることでプラットフォームに働くトルクを小さくして、リコイルの影 響を低減することが出来る. この場合、通常のねじれ振子とは異なり、ねじれ振動のワイヤ変形形状が並進振 動のそれと同一であるため、 ねじれ振動のQを並進振子のQ値推定に使用することが出来る. このような変形ねじれ振子を制作しQ値測定を行ったところ、 得られたQ値はTAMAの懸架系に換算すると(1.29±0.24)×105程度 であった(直径100μmのタングステンワイヤの場合). これは連成振動子を用いた実験結果と合っている. また、1~Hzから5~HzまででQ値の周波数依存性を調べたところ、依存性は弱く、 Saulsonのモデルが支持される結果となった. この実験はMoscow State Universityとの共同研究として、同大学の Andrey Rakhmanovが当研究室に滞在中に行なわれた[41]

3.2.2 ワイヤ材質のQ値測定

ワイヤ材質の散逸を直接測定して振子のQ値と比較すれば、振子の散逸の原因が 推定出来る. そこで、ワイヤ材質の散逸を測定する実験を行った. ワイヤは片端を固定、他端は自由端(張力無し)として、横振動のQ値を測定した. この結果、タングステンの内部損失によるQ値は4 × 103程度以上で あることが示された. この値を用いると、 振り子のエネルギー散逸がワイヤの内部散逸のみに起因するという近似を行った 場合、TAMA300の懸架装置のQ値は3.6 ×10 6と計算される. これは、2種類の振子を用いて実測されたQ値$(1〜2×105と比較して 一桁大きな値である. この原因としては、ワイヤクランプとワイヤの摩擦など何らかの原因で 振子のQ値がワイヤの内部損失以外の損失で決定されていること、 ワイヤの内部損失に張力に関する依存性があること、などが考えられ、現在調査 中である. この実験は後期(清水守、堀越一雄)の4年生特別実験のテーマとして行われた [41]

3.3 溶融石英およびシリコンのQ値測定

熱雑音の研究の一環として、溶融石英とシリコンで 直径10cm,高さ6cmの円筒形の鏡を作成し、機械共振のQ値を測定している[40,52]. 干渉計型重力波検出器においては将来、熱雑音が主要な雑音になると 予想されている.鏡の熱雑音は、鏡の共振のQ値に依存し、 Qが大きくなるほど雑音が下がるため、Qのよい材質を探すことが 必要である. そこで、Q値の大きい物質として、溶融石英で鏡を作り、 いくつかの軸対称モードについてQ値の測定を行なった. 結果が下に示してある[10,29,47]. Q値が物質内部の損失によってのみ決まるのであれば、 モードによるQの違いは見られないはずであるが、 実際のQ値には、かなりのばらつきが見られる. そこで、材質の選定だけでなく、材質の持つQを下げないような 懸架系の研究が必要になる. 昨年度は主に鏡を吊しているワイヤーとの 摩擦に対する依存性などを調べた. また、シリコンについても同様な測定を行ない、 最大で3.3 × 106のQ値を得ている.

freq.obs[kHz]Q[105]
27.851.9
35.315.3
43.372.5
50.350.82
51.324.4
66.002.5
68.131.4
83.735.9
84.313.1
89.567.4
99.514.7


<報文>

原著論文

  1. A. Araya, N. Mio, K. Tsubono, K. Suehiro, S. Telada, M. Ohashi and M.-K. Fujimoto: Optical Mode Cleaner with Suspended Mirrors, Appl. Opt. 36-7 (1997) 1446-1453.

会議抄録

  1. K. Tsubono: 300-m Laser Interferometer in Japan Proc. 7th Marcel Grossmann Meeting, Stanford, July 1994 (World Scientific, 1997) p.1432-p.1433.
  2. K. Kuroda, N. Kanda, M. A. Barton, J. Arafune, N. Kondo, N. Mio and K. Tsubono: Resonant Antenna for Monitoring Gravitational Wave Bursts in Our Galaxy Proc. 7th Marcel Grossmann Meeting, Stanford, July 1994 (World Scientific, 1997) p.1444-p.1445.
  3. A. Araya, K. Tsubono, N. Mio, M.-K. Fujimoto, M. Ohashi, K. Suehiro, T. Yamazaki and M. Fukuhsima: Frequency Stabilization of a Nd:YAG Laser Using an Independently Suspended Fabry-Perot Cavity Proc. 7th Marcel Grossmann Meeting, Stanford, July 1994 (World Scientific, 1997) p.1347-p.1348.
  4. W.-T. Ni, S.-K. King, H.-W. Cheng, J.-T. Shy, N. Mio, K. Tsubono and T. C. P. Chui:Test of Quantum Electrodynamics and Search for Light Scalar-Pseudoscalar Particles Using Ultra-High Sensitive Interferometers Proc. 7th Marcel Grossmann Meeting, Stanford, July 1994 (World Scientific, 1997) p.1628-p.1630.
  5. M. Ando, Ying. Li, K. Kawabe, and K. Tsubono: Study of power recycling of a Fabry-Perot-Michelson interferometer, Proc. TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, Saitama(Japan), Nov. 1996 (in press).
  6. K. Tochikubo, A. Sasaki, K. Kawabe, and K. Tsubono: Automatic alignment control for TAMA interferometer, Proc. TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, Saitama(Japan) Nov. 1996 (in press).
  7. K. Arai, A. Takamori, Y. Naito, K. Kawabe, and K. Tsubono: Vibration Isolation of TAMA Suspension System, Proc. TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, Saitama(Japan), Nov. 1996 (in press).
  8. K.Yamamoto, K.Kawabe, and K.Tsubono: Thermal noise study of the TAMA interferometer, Proc. TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, Saitama (Japan), Nov.1996 (in press).
  9. N.Ohishi, K. Kawabe, and K. Tsubono: Measurements of quality factors of a fused silica mirror, Proc. TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, Saitama(Japan), Nov. 1996 (in press).
  10. K. Kawabe and the TAMA collaboration: Control System of TAMA300 interferometer, Proc. TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, Saitama(Japan), Nov. 1996 (in press).
  11. K. Tsubono and the TAMA collaboration: TAMA project, Proc. TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, Saitama(Japan), Nov. 1996 (in press).
  12. N. Kondo, K. Tsubono, N. Mio, N. Kanda and, K. Kuroda: Development of a laser transducer for a resonant antenna, Proc. TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, Saitama(Japan), Nov. 1996 (in press).

著書

  1. 坪野公夫(共著):ニュートリノと重力波 (裳華房、1997)

<学術講演>

国内会議

  1. 坪野公夫: 素粒子実験シンポジウム講演「重力波物理学の現状と将来」、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996年10月)
  2. 新谷昌人、坪野公夫、河邊径太、安東正樹、杤久保邦治、新井宏二、 大石奈緒子、山元一広: 300m干渉計のための懸架システムの開発、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996年10月)
  3. 安東正樹、李瑛、河邊径太、坪野公夫: 3m Fabry-Perot-Michelson型重力波検出器のパワーリサイクリング、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996年10月)
  4. 杤久保邦治、佐々木愛一郎、河邊径太、坪野公夫: 干渉計型重力波検出器におけるアラインメントの自動制御、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大学、1996年10月)
  5. 佐々木愛一郎、杤久保邦治、河邊径太、坪野公夫: 干渉計型重力波検出器におけるアラインメントの自動制御II、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大学、1996年10月)
  6. 寺田聡一、栃久保邦治、大橋正健、末廣晃也、佐藤修一、高橋竜太郎、藤本眞克、山崎利孝、福嶋美津広、新谷昌人: 重力波検出器用モードクリーナーの開発、 日本物理学会第52回年会(名城大学、1997年3月)
  7. 近藤尚人、神田展行、三尾典克、黒田和明、坪野公夫: 共振型重力波検出器及びレーザートランスデューサーの開発V、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996年10月)
  8. 神田展行、岡田淳、松村純宏、青木利文、近藤尚人、黒田和明、坪野公夫: 重力波アンテナの宇宙線バックグラウンド測定、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996年10月)
  9. 黒田和明、TAMAグループ有志: 日本におけるkm-scale重力波レーザ干渉計開発計画、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996年10月)
  10. 新井宏二、内藤豊、新谷昌人、河邊径太、坪野公夫:干渉 計懸架システムの防振特性I、日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996 年10月)
  11. 李瑛、安東正樹、河邊径太、坪野公夫: 音響光学変調によるNd:YAGレーザーの強度安定化、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996年10月)
  12. 内藤豊、新井宏二、新谷昌人、河邊径太、坪野公夫:干渉 計懸架システムの防振特性II、日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996 年10月)
  13. 高森昭光、山元一広、新井宏二、新谷昌人、河邊径太、坪 野公夫:干渉計懸架システムの防振特性III、日本物理学会1996年秋の分科会 (佐賀大、1996年10月)
  14. 山元 一広、大石 奈緒子、杤久保 邦治、河邊 径太、坪野 公夫:TAMA300における熱雑音の推定、日本物理学会1996年秋の分科会 (佐賀大学、1996年10月)
  15. 大石奈緒子、山元一広、河邊径太、大塚茂巳、坪野公夫: 干渉計型重力波検出器に用いる石英鏡のQ値測定、 日本物理学会1996年秋の分科会(佐賀大、1996年10月)
  16. 河邊径太、落合洋敬、高野浩一、坪野公夫: 連成振動子の逆相振動モードを利用した 干渉計型重力波検出器懸架装置のQ値測定、日本物理学会1996年秋の分科会 (佐賀大、1996年10月)
  17. 坪野公夫 and the TAMA collaboration: 300mレーザー干渉計重力波検出器計画(TAMA300)、 日本物理学会第52回年会(名城大、1997年3月)
  18. 安東正樹、李瑛、河邊径太、坪野公夫: 3m Fabry-Perot-Michelson型重力波検出器のパワーリサイクリング II、 日本物理学会第52回年会(名城大、1997年3月)
  19. 杤久保邦治、坪野公夫、藤本眞克、大橋正健、河邊径太、寺田聡一、佐々木愛一郎: 干渉計型重力波検出器におけるアラインメントの自動制御III、 日本物理学会第52回年会(名城大学、1997年3月)
  20. 佐々木愛一郎、杤久保邦治、河邊径太、坪野公夫: 干渉計型重力波検出器におけるアラインメントの自動制御IV、 日本物理学会第52回年会(名城大学、1997年3月)
  21. 李瑛、安東正樹、河邊径太、三尾典克、坪野公夫: 電気光学変調素子によるNd:YAGレーザーの強度安定化、 日本物理学会第52回年会(名城大学、1997年3月)
  22. 近藤尚人、三尾典克、坪野公夫、神田展行、松村純宏、黒田和明: 共振型重力波検出器及びレーザートランスデューサーの開発VI、 日本物理学会第52回年会(名城大学、1997年3月)
  23. 新井宏二、高森昭光、内藤豊、大塚茂巳、河邊径太、坪野 公夫:干渉計懸架システムの防振特性IV、日本物理学会第52回年会(名城大、 1997年3月)
  24. 高森昭光、新井宏二、内藤豊、大塚茂巳、河邊径太、坪野 公夫:干渉計懸架システムの防振特性V、日本物理学会第52回年会(名城大、 1997年3月)
  25. 山元 一広、大石 奈緒子、杤久保 邦治、河邊 径太、坪野 公夫:TAMA300における熱雑音の推定II、日本物理学会1997年春の年会(名城大学、1997年3月)
  26. 大石奈緒子、山元一広、河邊径太、大塚茂巳、坪野公夫: 干渉計型重力波検出器に用いる石英鏡のQ値測定II、 日本物理学会1996年春の年会(名城大、1997年3月)
  27. 河邊径太、清水守、堀越一雄、Andrey Rakhmanov、坪野公夫: 干渉計型重力波検出器の懸架装置のQ値測定、 日本物理学会第52回年会(名城大、1997年3月)
  28. 新谷昌人、坪野公夫、河邊径太、安東正樹、杤久保邦治、新井宏二、 大石奈緒子、山元一広、高森昭光: 300m干渉計のための懸架システムの開発II、 日本物理学会第52回年会(名城大、1997年3月)

国際会議

・一般講演

  1. K. Tsubono and the TAMA collaboration: TAMA Project, TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection, (Saitama, Japan, Nov. 1996).
  2. M. Ando, Ying. Li, K. Kawabe, and K. Tsubono: Study of power recycling of a Fabry-Perot-Michelson interferometer, TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection (poster), (Saitama, Japan, Nov. 1996).
  3. K. Tochikubo, A. Sasaki, K. Kawabe, and K. Tsubono: Automatic alignment control for TAMA interferometer, TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection (poster), (Saitama, Japan, Nov. 1996).
  4. K. Arai, A. Takamori, Y. Naito, K. Kawabe, and K. Tsubono: Vibration Isolation of TAMA Suspension System, TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection (poster), (Saitama, Japan, Nov. 1996).
  5. N.Ohishi, K.Kawabe, and K.Tsubono: Measurements of quality factors of a fused silica mirror, TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection(poster), (Saitama, Japan, Nov. 1996).
  6. K. Kawabe and the TAMA collaboration: Control System of TAMA300 interferometer, TAMA Workshop on Gravitational Wave Detectioni, (Saitama, Japan, Nov. 1996).
  7. K.Yamamoto, K.Kawabe, and K.Tsubono: The thermal noise study of the TAMA interferometer, TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection(poster),(Saitama, Japan, Nov.1996) .
  8. N. Kondo, K. Tsubono, N. Mio, N. Kanda and, K. Kuroda: Development of a laser transducer for a resonant antenna, TAMA Workshop on Gravitational Wave Detection (poster),(Saitama, Japan, Nov.1996).

学位論文

  1. 新井宏二: 基線長300mレーザー干渉型重力波検出器のための懸架システムの開発 (修士論文)
  2. 大石奈緒子:干渉計型重力波検出器に用いる鏡のQ値測定(修士論文 )
  3. 山元 一広:TAMA300のSuspension System及び鏡の熱雑音の推定(修士論文)